歴史一口メモ

リストマーク川越いも発祥の地
明治時代、針ヶ谷にすんでいた、山田いちさんは、薩摩種と八房種を交配したものの中から、鮮やかな紅色の形のよい7株を発見しました。これが改良されて「紅赤種(キントキ)」となり、川越をはじめ、全国に普及しました。いちさんは、昭和6年、その功績により、じょせいちとして初めての栄誉ある富民賞を受賞しました。
リストマーク出世稲荷 写真
針ヶ谷公民館南側にあるお稲荷さんは、江戸時代針ヶ谷にいた高力河内守清長(こうりき かわちのかみ きよなが)が、そこにお参りいたおかげで出世し、岩槻城主になったことから出世稲荷と呼ばれるようになりました。
リストマーク一本杉 写真
与野駅近く、中山道沿いの一本杉(小さな石碑がたっている)は、日本で最後のあだうちのあったところです。文久4年(1864年)1月23日、水戸藩 宮本鹿太郎が、父のかたき、讃岐丸亀藩の河西祐之助を討ち取りました。
リストマーク陣屋あと
北浦和公民館近くの三郎山(三郎山ハイツのあたり)付近は江戸時代針ヶ谷村といい、浦和領家一万石の代官中村弥衛門尉吉照の陣屋がありました。
リストマーク赤山街道 写真
与野本町付近から三室を経て、川口の赤山城に通じる往還を、江戸時代赤山街道と呼んでいました。その一部が現在の赤山通りです。